研究対象

粉体の構造とレオロジー

粒径数マイクロメートル以上の粒子の集合体を粉体と呼びます. 我々が立っている地面も食品も建築材料もお薬もパチンコ玉も遍く粉体です. 粉体は身の回りに溢れていますが,実は物理的に理解するのがかなり難しいです. ミクロな粒子であれば,放っておくとブラウン運動によってマクロに見てある安定な状態(平衡状態)に殆どの場合落ち着きます. ミクロな系の構造や流動性は,安定状態で成立する法則(統計力学)や安定状態を基準として得られる関係式を元に議論できることが多いです. 一方で,粉体系は粒径が大き過ぎて殆どブラウン運動できないため,平衡状態と呼ばれる物理的に取り扱いやすい状態には到達しません. 粉体は多様な構造やレオロジーを示し,それらを説明する経験的(辻褄合わせ的)なモデルは多々ありますが, ミクロ系のような統一的に現象を理解する物理的枠組みは未だ存在しません. 仲井は,粉体の構造とレオロジーを普遍的に説明する枠組み構築を目指して手広く研究を展開しています.

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粒度偏析

粉体系は,大きさ,質量,形状等にバラ付きがあると,流動下で同じような性質を持った粒子同士が凝集する現象がしばしば生じます. 特に,粒子の大きさの違いによって生じる凝集は粒度偏析と呼ばれます. 粒度偏析の代表的な例として,ブラジルナッツ現象と呼ばれる現象があります. これは,大きさが異なる粒子を多数容器に入れて加振すると,大きな粒子が容器の上方にじわじわと登っていく現象です. 粒度偏析は,容器内の対流や,大小粒子の動き方の違いや,実効的な引力(枯渇効果)やエネルギーの不均一性によって説明されていますが,各々のモデルの適用範囲は限定的です. 仲井は,離散要素法と呼ばれるシミュレーション技法を用いて, 対流やエネルギー不均一性が生じないシンプルな擬二次元的なセットアップが粒度偏析を示す条件を調べました. 結果として,小粒子を多数導入することで,粒度偏析が解消することを発見しました.この偏析解消は粒径比や系の大きさ,加振条件等の詳細に依らず確認できました. 今後,偏析が解消する条件や偏析した際の構造をより詳細に定量化して,粒度偏析を説明する物理モデル構築を目指します.
F. Nakai and Kiwamu Yoshii, Granular Matter, accepted.

流体中の粒子の拡散

気体や液体の中の1マイクロメートル以下の小さな粒子は生き物のようにランダムに運動します.これはブラウン運動(Brownian motion)と呼ばれ,19世紀にRobert Brown先生によって発見された物理現象です. ブラウン運動は,流体分子がコツコツと様々な方向から粒子に衝突する結果生じる現象で,流体中のミクロな粒子であればいつでも起こっています. ブラウン運動は,顕微鏡を用いれば観測できるミクロな現象ですが,ブラウン運動を起源としたマクロな現象もたくさんあります. 例えば,水に垂らした絵の具が時間と共に広がっていく現象は拡散現象と呼ばれます.これはミクロな絵の具の粒子がブラウン運動によってランダムに動いた結果です. 拡散現象以外にも,ブラウン運動は流体のレオロジー(流れ方)にも影響します. 化粧品や食品の流れやすさや感触のコントロールのために,高分子等の増粘剤を入れることがあります.流体に力を加えると,高分子が流れる方向に傾いたり引き伸ばされたりしながらブラウン運動することで様々な流動性が生じます. このような訳で,流体中の粒子のブラウン運動を物理的に理解することはとても重要です. 基本的に,流体中の粒子のブラウン運動は,粒子の性質と粒子が存在する環境の双方を反映します. 仲井は,粒子の質量や形状,粒子が動く環境が粒子のブラウン運動にどのように影響するのかを調べています.

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棒状粒子の拡散

粒子の拡散性は粒子形状に強く影響されます. この研究では,棒状粒子特有のある奇妙な拡散現象を単純なモデルシステムを考えて理解しました. パチンコ玉のような障害物の中を運動する球状粒子を考えると,球状粒子の運動性(拡散係数)は障害物の量(数密度)が増えるにつれて動き辛くなるため小さくなります. 一方で,障害物中の棒状粒子は,障害物が増えれば増える程運動性が大きくなることがあります. この現象はDaan Frenkel教授によって1981年にシミュレーションで発見[D. Feenkel and F. Maguire, PRL 47, 1025 (1981)]されてから長らく機構はよく分かっていませんでした. 仲井は,この障害物中を動く棒状粒子の特異な振る舞いが,ある簡単な場合(マルコフ過程)でも発現することを示して,物理メカニズムを説明しました.

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気体の拡散性の揺らぎ

2009年に,"Brownian yet non-Gaussian diffusion"と呼ばれる拡散現象が実験的に報告されました[B. Wang et al, PNAS 106, 15160 (2009)]. Brownian yet non-Gaussian diffusionとは,通常拡散(平均二乗変位が時間に対して一乗になる拡散)だけれども,分布関数がガウス分布にならない拡散を指します. 非ガウス性は異常拡散(平均二乗変位が時間に対して一乗以外の冪指数を示す拡散)とセットで起こると多くの研究者が考えていたため,Brownian yet non-Gaussian diffusionの発見は多くの研究者の目を惹きました. Brownian yet non-Gaussian diffusionは粒子の拡散係数が時事刻々と変化(揺らぐ拡散性,Fluctuating diffusivity)することで発現します. この揺らぐ拡散性は,時間/空間的に不均一な流体や高分子のような内部自由度を持った複雑流体において発現すると考えられていました. 仲井は,球状の気体粒子(時間/空間的に均一で内部自由度もない)でも揺らぐ拡散性が発現することを発見して,揺らぐ拡散性の新しい起源を突き止めました.

セメント中の気体の拡散

建築科学をバックグラウンドに持つ石田崇人 先生と共に実施している研究です. セメントは強い空間不均一性を持つ材料で,その中を動く気体分子の運動を揺らぐ拡散性の理論解析手法を用いてモデリングしました. セメント/コンクリート分野では,不均一な拡散を理論的に取り扱う術がなく,拡散方程式を用いてなんとか解析を実施している状況でした. 拡散方程式を使うと,空間不均一性に由来する非ガウス的な拡散を記述することは不可能で,気体によるコンクリートの劣化寿命見積もり等の精度が悪くなってしまう可能性があります. 我々は,揺らぐ拡散性の理論手法を導入して,セメントの空間不均一性に起因する非ガウス性を再現しえる解析手法を提案しました.

理想気体中のトレーサーの拡散

一般に,粒子が複雑な拡散性を示す場合には,粒子を取り囲む流体の構造も複雑です. 仲井は,理想気体という最も構造が単純な流体(質点から構成)中に粒子を導入して運動を計算したところ,ある状況下で粒子は異常拡散と強い非ガウス性を示すことを発見しました.

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